阿部美穂子の韓国Pick up!:スペースアルク
 

2012年10月 1日

TITLE:結婚して9年(6) おっぱいとミルク

121001_1.jpgおっぱいについてこんなに長く、まじめに語ることは生涯そんなにないと思います。けれども、赤ちゃんにとって、かけがえのない存在のおっぱいについて、もう少し語らせてください^^




まず、韓国のほとんどのオンマは母乳主義です! 外見重視の韓国では、哺乳瓶は歯の形に影響があると思われていて、もし使ったとしても、トル(돌=1歳)までで、おしゃぶりは、なるべくくわえさせない!という暗黙の了解の子育てルールがあるようです。

121001_2.jpgわが子といえば、弟のヂオンは1歳を過ぎてもおしゃぶりが手放せなくて、使っているものが切れたり、紛失すると買いに探しに出かけるのですが、韓国ではあっちこっち行っても置いてなくて......本当に苦労したのを覚えています。(先日、私たちが「チュッチュ」と呼んでいた、そのおしゃぶりも処分しました。外すのに思った以上に時間がかかり、心痛かった懐かしい日々がフラッシュバック、すべてまとめて、いい思い出です^^)

さて、誕生日記を読み返すと、長男のヂヒョは産まれて早いうちからずっと、母乳とミルクの併用でした。看護師さんのためになるアドバイスを忠実に守ろうと、退院後も一生懸命、寒い夜中ももちろん、和室で震えながらおっぱいをあげていたのですが、そんなある日、突然、体が思うように動かない状態になったのです。
さらに歩いていると突然、おしりに激痛が何度も走すように。寝るのもつらく、寝返りはもってのほか、座っているのもたった一つの形だけが、なんとか出来る体勢でした。どうやら、母乳をあげることに集中しすぎて、まだ母体が回復していないうちにとっていた無理な姿勢が、骨盤を支える周辺の筋肉に痛みを走らせたようでした。

母親にはなったものの、今まで産まれて間もない赤ちゃんに会った事のなかった私は、まず赤ちゃんの抱き方がものすごくぎこちなかったようです。そんな私の抱っこの姿を見てアッパが、「なんとか変」(アッパはこのころ、日本語の"なんとなく"を"なんとか"と言っていた)を連発しながらも、なんと! 赤ちゃんの抱き方を教えてくれました。尊敬するほど、赤ちゃんの抱き方やあやしかた、扱いが上手だったアッパ。産院のスタッフも「どっちがママかわからないわね~」とアッパを大絶賛、もちろん私もその横で「アッパすごいー」を連発していました。

そしてこれ以外にも、子育てにおけるあれこれが、今もアッパの方が上手、センスがある!と感じていることです。それでも、夜泣きの子にはおっぱいが一番。なんとか、痛みをこらえながらもどうにかこうにかおっぱいをあげる私を見て、アッパが悔しそうに「アッパがおっぱい(=母乳)出ればなぁ......」といっていたほど!?母性あらため、父性たっぷりのアッパです。

そして、なんとか母乳目標6カ月を過ぎた頃、母乳から完全にミルクへと移行しました。本来ならば1年くらいはあげたいと思っていましたが、仕事の再開、日本→韓国への引越し、さらに慣れない新しい土地で流行中のインフレンザにかかり、高熱を出したこと、その横でヂヒョのミルク摂取量がどんどん増えるなど、目まぐるしくも様々な変化に対応しようともまれる中、母乳をゆったり構えてあげる余裕がなくなると、自然に母乳も出なくなっていったのでした。

途中、主治医の先生にも相談し、あきらめずにMSS(おっぱいMマッサージ+S吸わせること、栄養価の高いS食事)を実行し、復活したのですが、こだわりを捨てました。
最初は虚しさみたいなものを感じたものの、優れた栄養素を含む優秀なミルクは、私が生み出すそれよりもっともっと素晴らしい!と思えたら、今までの空虚感は消えて、むしろわが子は幸せ者だ!と思えたのでした。
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はじめまして!
赤ちゃんと夜泣きや、赤ちゃんの発育と親の関わり方について研究している徳田と申します。

素敵な記事感動しました!

まさに、母性、愛、ですね。

私は、父親なので、母親特有の母乳をあげることとか、そこに対する想いとかはわからない部分も多いと思いますが、ご自身の考え方を柔軟に変えて現実的にストレスのない生活にしていく様は、本当に素晴らしいと思いました。

またひとつ、勉強になりました。

ありがとうございました!

これからもよろしくお願い申し上げます。